Case16..FIP寛解後に腎臓リンパ腫を発症した症例
今回は猫伝染性腹膜炎(FIP)が寛解してから3年後に腎臓リンパ腫を発症した例です。
猫の情報
スコティッシュフォールド
8歳の去勢済み雄
これまでの経緯
2019年12月に当院にてFIPウェットタイプ(腹水型)の中期と診断し、Xraphcon(ラプコン/旧MUTIAN)という薬で治療を開始。
2020年2月に検査等の結果から経過良好と判断し、84日間の投薬が終了。その後しばらくは当院を受診されず、2023年9月に他院でFIPの疑いがあると言われたことで当院へ再診にいらっしゃいました。
検査
当院でもFIPの再発を疑い、まず血液検査とエコー検査を実施したのち、腎臓の細胞診検査とクロナリティー検査を依頼しました。各種検査の結果は以下の通りです。




治療
細胞診検査とクロナリティー検査の結果が出たのは後日になりますが、院内検査の結果から高い確率で高悪性度リンパ腫を疑ったため、今回は受診日当日からUW25といわれているリンパ腫で一般的な抗がん剤治療プロトコールで治療を開始することになりました。
この子の場合は腎不全があった為、入院となり静脈点滴と内服治療(ラプロス、レンジアレン、吸着炭など)を行ったうえで、ロイナーゼという抗がん剤を皮下注射しました。
抗がん剤投薬1日目は前日の抗がん剤による副作用の出現もなく、食欲があり調子が良かったため予定通りオンコビンという抗がん剤を静脈注射しました。
その後は副作用の出現に留意しながら適宜吐き気止めの薬などを取り入れ、体調を維持し、入院3日目に退院して自宅での治療に切り替えました。
退院後は1週間毎に通院で抗がん剤を投薬しました。途中で抗がん剤投与の間隔を調整することはありましたが、大きな副作用の出現もなく病変は縮小し、腎臓の数値もかなり改善しました。
治療開始から5か月間で抗がん剤治療を終了しました。
治療終了後も腎臓の数値は基準値少し上回る程度で維持できており、体重も少しずつ増えて今のところリンパ腫の再発なく経過しています。
以下にエコー病変の経過と血液検査の経過を載せます。


おわりに
今回の症例は、不治の病とされているFIPを克服し、さらに猫で多いとされる悪性腫瘍のリンパ腫も寛解した子の症例でした。
FIPになった子が後々リンパ腫になるという報告は何例かあります。
すべての症例で今回のように寛解できるとは限りませんが、リンパ腫も悪性腫瘍の中で唯一寛解が見込める腫瘍性疾患なので、あきらめないで治療する価値はあります。
リンパ腫の抗がん剤治療プロトコールもしっかりしたものがありますが、その通りにやっていればOKということではありません。経過や副作用の出現に応じてプランを調整し、安全に治療を進めていくことが必要です。
リンパ腫、特にFIP治療後のリンパ腫の診断や治療でお困りの方は是非当院に一度ご相談ください。
リンパ腫治療の種類
当院でのリンパ腫の治療では主に5パターンの治療法を提示しております。
その他の緩和ケアも含めて紹介します。
①UW25
こちらはリンパ腫の抗がん剤で最もよく使われ、癌に対して積極的に治療していく治療法です。多剤併用プロトコールであり、4剤の抗がん剤をローテーションで隔週ないし2週に1回で静脈もしくは皮下注射で投薬していく治療法です。以下は投薬の基本的なスケジュールです。

抗がん剤投与前に血液検査を行い、抗がん剤の投与可能かどうか判断します。
好中球減少、血小板減少、肝臓や腎臓の項目に問題があれば投薬を延期することもあります。経過に問題なければ上記のスケジュールで抗がん治療を進めていきますが、もし経過が悪い場合は投薬を延期もしくは投薬を早めることも検討します。
UW25のデメリットは、個々の抗がん剤の副作用があることです。具体的には、骨髄抑制、嘔吐、下痢、食欲不振、肝臓や腎臓数値上昇などです。中には点滴から抗がん剤が漏れると組織壊死を起こす抗がん剤もあります。もう一つのデメリットは、静脈点滴で投薬する抗がん剤があるため通院での治療が必要なことです。
費用面は、1回の通院費用で約30000~45000円(税込)になります。また、オプションにはなりますが、腫瘍組織が取れるようなら抗がん剤感受性検査というのもできます。こちらは針生検もしくは鎮静もしくは麻酔下で組織生検を行い、その腫瘍に効く薬剤を調べるという検査です。費用は約6~7万円(税込)します。その結果を見て、リンパ腫の抗がん剤で効かない薬剤をプロトコールから省いたり、効きやすい抗がん剤の量をしっかり入れたりする方法が可能です。数ある腫瘍のなかで、リンパ腫はこの抗がん剤プロトコールで寛解できる数少ない悪性腫瘍です。寛解を期待して治療したい方は、この治療法をお勧めします。
②ロムスチンもしくはニムスチン
こちらは基本的には①のプロトコールが効かない場合のレスキュープロトコールです。隔週で検査を行ったうえで、検査に問題がなければ、ロムスチンを経口投与で4~6週間に1回 50~60mg/m2で行うか、もしくはニムスチンを静脈注射でⅢ種間に1回 25~30mg/m2で行います。副作用は、骨髄抑制(特に白血球減少が重度)や嘔吐下痢、食欲不振、肝酵素上昇などがあります。費用は、抗がん剤を投薬する日の1回の診察費用が約4~5万(税込)となります。
③ロイナーゼ
ロイナーゼという抗がん剤を隔週で投薬していく方法です。ロイナーゼは①の最初のみに使用する皮下注射で入れられる抗がん剤です。ロイナーゼは、癌を小さくする効果はあるのですが、根治させるほどの効果はないため、この③のプロトコールは根治目的ではなく、あくまで緩和治療の分類に入ります。
この抗がん剤のメリットは副作用がアレルギーのみで、ほとんど重篤な副作用が出にくいことです。また皮下注射でできることもメリットです。費用は1回で約20000~45000円(税込)になります。副作用がほとんんどないため、検査をするかどうかで金額に変動が出ます。抗がん剤の副作用は嫌だけど、できるだけ癌を小さくしたいという方にはお勧めです。
④Laverdia(ラベルディア)
こちらのお薬は海外で犬のリンパ腫にのみ認可がおりている経口抗がん剤です。
猫での認可はおりていないのですが、先ほど説明した抗がん剤感受性検査でこの薬剤の感受性を調べると高確率でこの抗がん剤が効くという結果が出ています。
こちらの抗がん剤のメリットは、①や②でみられる骨髄抑制や下痢嘔吐などの消化器毒性が見られにくいことです。犬の報告では、重篤な副作用はほとんどみられず、対症療法で改善する程度の副作用だったという報告があります。また、経口薬なので自宅での治療が可能です。
デメリットは、最近出たお薬であり猫での使用が認可外なためエビデンスは少ないことです。
用量用法は、犬の場合ですが、初期投与は1.25mg/kg 週2回(72時間はあける)で2週間投薬します。そこで副作用がなければ、1.5mg/kg 週2回に増やして継続します。もし副作用が見られた場合は、1mg/kg 週2回に減量します。費用は、例えば3kgの子の場合、1回の抗がん剤費用が約2400~5250円(税込)になります。この費用の他に検査代や調剤代がかかります。
⑤プレドニゾロン
緩和ケアの一つです。いわゆるステロイドです。リンパ腫はステロイドの反応が良い腫瘍ですが、やはり腫瘍を完全になくすことはできません。また、ステロイドを高用量で長期に使っていると副作用が出てきます。費用は、体重3kgの子の場合は1日110円(税込)になります。
⑥紅豆杉
緩和ケアの一つです。漢方の一種であり、癌の子で少し全身状態が良くなることが報告されています。メリットはほとんど副作用がないことですが、デメリットは漢方であるため効果はそこまで期待できないことです。あくまでも緩和の範疇です。 用法用量は、3.3kgあたり半錠から1錠を1日1回で投薬します。費用は、3.3kgの子で1日122~250円(税込)になります。
⑦アニミューン
緩和ケアの一つです。免疫系のサプリメントになります。癌に対する免疫力をサポートする働きがあります。メリットはほぼ副作用はありません。デメリットはあくまでもサプリメントなので効果に限界があります。
1日2回、粉を適量飲ませてもらいます。費用は1日約100円前後です。
⑧オゾン直腸法
緩和ケアの一つです。オゾンには、抗酸化作用・抗炎症作用・鎮痛作用・抗腫瘍効果などがあるとされています。直腸に専用のシリンジで週1~2回の頻度でオゾンガスを入れるだけです。施術時間も5分程度で身体的な負担が少ないです。出血傾向や甲状腺機能亢進症の子の場合は使用を注意するのみで、ほとんどの場合で適応になります。1回当たりの費用は3300円(税込み)です。再診料は別になります。
(+α)レブリチン
レブリチンは世界で初めての放射線増感剤です。天然物由来の化合物であり、それのみでもわずかな制がん作用があることが分かっており、放射線照射との併用で治療効果を高めることが判明しております。
用量は犬も猫も体重1kgあたり4mgで、静脈注射で投与します。
最近では、in vitroでの話ですが、抗がん剤の感受性も高めることがわかりました。また、天然由来化合物であることから副作用もほとんどありません。
デメリットがあるとすれば、静脈注射で投与しないといけないこと、費用が体重1kgあたり7040円(税込み)と高いことです。レブリチン単独では効果が乏しいため、抗がん治療との併用でお勧めいしますが、費用が掛かっても副作用のない緩和ケアという意味合いでは1つ選択肢になる可能性もあります。